ニュース
クリーブランド留学便り
2009/01/27
2007年9月末から米国オハイオ州クリーブランドにあるクリーブランド・クリニック(CCF)のてんかんセンターに留学しています。クリーブランドは州の北端,五大湖の一つであるエリー湖の南岸に位置しています。クリーブランド市本体は人口約45万人弱ですが,近郊の諸市を含めると200-300万人の中規模都市です。北海道とほぼ同じ緯度に当たり,冬の寒さは仙台よりはるかに厳しく氷点下20度を下回ることもあります。しかし,降雪量は年に数回の大雪を除けば,渡米前に危惧していたほど多くありません。歴史的には鉄鋼業,自動車産業,工作機械が盛んですが,近年は宇宙航空産業,ポリマー,金融業,医療産業の都市としても有名です。
クリーブランドの魅力の一つとして,都市の規模がそれ程大きくないにも関わらず,ベースボール(MLB),バスケットボール(NBA),アメリカン・フットボール(NFL)のチームが全て揃っている点が挙げられます。昨年,MLBのインディアンズはプレーオフ進出を逃したもののサイヤング賞投手,クリフ・リーを擁し健闘しました。NBAのキャバリアーズもカンファレンス準決勝で敗退したものの,NBAを代表するスター選手,レブロン・ジェームズを擁し,3年連続プレーオフ進出の強豪です。もう一つの魅力は音楽面での充実です。まずクラシック音楽に関しては全米屈指のクリーブランド・オーケストラがあり,ハイレベルの管弦楽を楽しむことが出来ます。一方,“ロックンロール”発祥の地として知られ(実際には初めて“ロックンロール”という言葉を使ったのがクリーブランドのラジオ局のDJなのだそうです),ダウンタウンにはロックンロール博物館があります。もちろん,全米の他の大都市と同様に数々のロック・ミュージシャンのコンサートを楽しむことが出来ます。
CCFはスタッフ医師数1,800人,総従業員数70,000人を抱え,本院に加え,クリーブランド周辺に25ヶ所もの分院をもつ巨大病院群です。さらにフロリダ,カナダおよび遠くアブダビ(UAE)にも分院があり,世界規模のヘルスケア・システムを誇っています。本院だけをとってもガラス張りのSkywayで結ばれた多数のビルディング群から成っており,中に入れば壁には数々の絵画,広いロビーにはソファーが並び,常にクラシック音楽が優雅に流れており,とても病院とは思えません。2008年の全米病院ランキングでは第4位に位置し,特に循環器科や泌尿器科が有名ですが,てんかんセンターも日本でも有名な先代のDr. Ludersが築き上げた独自のてんかん症候・脳波分類を継承し,世界有数のてんかんセンターとして全米だけでなく他国からも患者さんが集まってきています。てんかんセンターのスタッフもDirectorであるレバノン出身のDr. Najmを筆頭に,インド,ギリシャ,ブラジル,ドイツとそのほとんどがアメリカ以外の出身です。フェローに関してもインド,タイ,中国,シリア,トルコ,ルーマニア,フィンランドそして日本と多国籍です。成人部門が10床,小児部門が8床のモニタリング・ユニットを有し,年間1000例以上のビデオ・脳波同時モニタリング,200例以上の外科手術が行われており,日本では考えられない数字です。さらに感嘆すべきは各種Activityの高さです。毎週火曜日の朝は成人てんかん専門医(神経内科医),小児てんかん専門医,てんかん外科医,神経放射線科医,神経心理学者,精神科医などが一同に会するPatient Management Conferenceがあります。月・水・金曜日の朝には神経内科学,小児神経学,てんかん学の各講演があり,院内だけでなく全米(時に他国)より招いた講師による最先端の講演が聞けます。
私の留学目的は(1)CCFに脳磁計が導入されるのに伴って,そのシステムを立ち上げることと(2)脳波・臨床神経生理学および欧米のNeurologyを基盤としたてんかん学をしっかりと基礎から勉強することです。(1)は脳磁図の臨床応用に関する世界的な第一人者である広南病院脳神経外科の中里信和先生の下で学んだ知識を生かして,難治性てんかん患者さんに対する脳磁図検査のWorkflowをCCFで確立するというものでした。英語もままならない状態の中で一から新しいシステムを立ち上げるという作業は予想以上に困難を極めましたが,おかげさまでルーチンの脳磁図検査体制が確立できました。また、研究面でも近年報告された脳磁図波形のノイズ除去法の臨床応用に関するデータをまとめ,昨年末のアメリカてんかん学会で発表することができました。現在,新たな研究プロジェクトの準備を進めているところです。(2)に関しては3ヶ月にわたるTraining Courseに引き続き,ルーチン脳波とビデオ・脳波同時モニタリングを判読・解析する脳波三昧の日々が続いています。これらはまず自分でレポートを作成した上で,スタッフによるチェックを受けることができます。また,木曜夕方にはフェローによる症例提示がありDirectorのDr. Najmが診断・治療方針の立て方を解説する講義があります。まさに期待通りの素晴らしい教育体制です。私はリサーチ・フェローとして留学していますが,脳波判読・てんかん外科適応の検討に関してはクリニカル・フェローのTraining Programとほぼ同じで,非常に満足しています。
こちらに来て痛感しているのは日本のてんかん医療がいかに遅れているかということです。日本でも近年ようやく新たな抗てんかん薬が認可され始めていますが,これらは欧米では10年以上前からすでに使われているものです。てんかん外科治療に対する認識も専門医以外の間ではまだまだ不十分です。もう一点,特筆すべきは日本には神経内科出身の成人てんかん専門医が極めて少ないと言うことです。留学前から分かっていたことですが,こちらでは成人てんかん専門医は皆、神経内科医です。日本の現状を話すと他国のスタッフ・フェローは一様に驚きます。日本に帰国した後,ここで学んだ知識・経験を生かして,てんかん専門医を目指す所存です。そのために残された留学期間を有意義に過ごしたいと考えています。
2009年1月23日
クリーブランド・クリニック てんかんセンター
リサーチ・フェロー
神一敬
←新しい記事へ | ↑一覧へ | 以前の記事へ→ |